コラム-column-

2019/08/24

見知らぬ風がよぎる

ジェラール・ディマシオは、脳裏に浮上するファンタジーをデッサンし、丁寧に画布に定着させていく時、常に場と時間とモチーフが特定されていないことに気を使っているようだ。

つまり、描かれていたものが、我々の知っている何かを連想させてはいけないのである。

人を描いてはいるが我々の知っている人ではないし、古代の廃墟がそこに写しだされていても、それは我々の知っている廃墟ではないのである。

私はそこに一陣の風を感じる。その風が「人」らしきものに生気を与えているように見える。

彼の描く世界のいずれにもその風は吹いているように感じる。

見知らぬ風が過ぎ去って時間が止まり、そして再び過ぎ去って息を吹き返す。

イメージの源泉となる脳裏から風のエネルギーは発し、そして再びそこに帰ってくる。

この一陣の風が歴史を呼び戻し、それを道へ橋渡ししているようだ。

ディマシオの芸術は、この見知らぬ風をキーワードとして作られているのではないだろうか。

つまり風はディマシオ自身に外ならないということである。

彼の作品の中に、不吉なものを予兆する何かがあると書いた。

風というエネルギーがそれを暴いているということである。

いずれにしても彼は、現代の幻想芸術としての独特な世界を創り出した画家であることは確かである。

(図録『ジェラール・ディマシオの世界』より)

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