-
誕生
4月6日シャンパーニュ地方マルヌ県アイに生まれる。
-
パリのリセ・テュルゴに入学
装飾美術学校入学。父死亡。パリの宝飾作家ルイ・オーコックのもとに弟子入りする。
-
アーツ・アンド・クラフツ運動が展開されていたロンドンに渡り、シデナム・カレッジで美術を学ぶ。
-
パリに戻る。アール・ヌーヴォー様式の宝飾を制作、プティ・フィスのもとで仕事をする。
-
フリーの宝飾デザイナーとして独立。
-
母親の友人と共同で、宝石のデザインを専門とする
ラリック&ヴァレンヌ社を興す。 -
ジュール・デスタップから宝飾店と工房を引き継ぎ、宝飾デザイナー、宝石商として独立する。マリー・ルイーズ・ランベールと結婚。
-
オペラ座近くテレーズ街に住居兼アトリエを構える。
-
女優サラ・ベルナールのステージのための宝飾を作る。
-
パリ装飾美術中央連盟主催のコンクールで2位に入賞。
-
サロン・ナショナル・デ・ボザールに出品。
-
フランス芸術家協会の会員となる。レジョン・ドヌール勲章を受ける。
-
クレールフォンテーヌにガラス工房を設け、本格的にガラスの試作を始める。
-
パリ万国博覧会に宝飾作品を出品、大いに人気を博す。
世界の美術館がラリックの作品を買い求める。 -
オーギュスティーヌ・ルデュルと結婚。建築家フェーヌの設計でパリのクール・ラ・レーヌ40番地に贅をつくした私邸を建てる。
-
ロンドンのグラフトン・ギャラリーで初の個展を開催。
-
アメリカ合衆国セントルイス(ミズリー州)で開かれた万国博覧会に出品。
-
パリのヴァンドーム広場に新しい店を開店。
-
香水メーカー、フランソワ・コティより香水瓶とパッケージデザインの依頼を受ける。パリ東南のコンブ・ラ・ヴィルにガラス工場を借り、ガラスの量産を始める。
-
ブエノスアイレス国際展、パリのガラスとクリスタル工芸美術展に出品。
-
ヴァンドーム広場の店で初のガラスだけの展覧会を開く。
-
コンブ・ラ・ヴィルの工場を買取る。
-
第一次世界大戦のあいだは病院や医学会社のために医療ガラス器具を生産。
-
コンブ・ラ・ヴィルの工場を一時閉鎖する。
-
コンブ・ラ・ヴィルの工場を再開する。
-
アルザス地方のヴィンゲン・シュール・モデールに新しいガラス工場を建設。
-
大西洋横断豪華客船「パリ号」の室内装飾に参加。
-
「現代装飾美術産業美術国際博覧会(通称:アール・デコ展)」にガラス作品を出品し、大成功をおさめる。
ラリックは、ガラス製の野外噴水「フランスの水源」、ラリック社のパヴィリオン「ルネ・ラリック館」、「香水館」など大々的な出品を行う。
-
フランスの装飾美術の粋を集めた豪華客船「イル・ド・フランス号」の内装に参加。
-
一連のカーマスコットを発表。ロンドンのブレーブス画廊が英国総代理店となって販売する。
-
ルネ・プルーとの協力で、豪華寝台列車「コート・ダジュール・プルマン・エクスプレス」の内装を手掛ける。
-
サロン・ドートンヌにガラスによる祭壇を出品。
-
パリ植民地博覧会の大ホールに巨大な噴水を作る。
ラ・デリヴランド聖母教会(カルヴァドス県)のステンドグラス、祭壇、聖体拝領台を製作。
-
パリ装飾美術館で宝飾作品からガラス作品に至る大規模な回顧展が開かれる。
-
大西洋横断豪華客船「ノルマンディー号」
1等船室食堂の内装に加わる。パリのコンコルド広場に近い、パレ・ロワイヤル通りに店を移転。
-
パリで行われた芸術と技術展に2点の噴水を出品。コンブ・ラ・ヴィルの工場が閉鎖される。
-
英国国王ジョージ6世がパリを正式訪問した際、パリ市とフランス共和国大統領は贈り物として、ラリックがデザインしたパリ市の紋章入りテーブルセンターピース(照明装置付き)と食器セットを選ぶ。
-
4月28日アルザスの工場がドイツ軍に接収される。
-
第二次世界大戦終結。ルネ・ラリックが自らのガラス工芸の全てを語る多数のガラス作品を、パリのアール・エ・メチエ博物館に寄贈。5月5日没。